ヨシは別名葦(あし)とも呼ばれパスカルの格言「人間は考える葦である」にも登場します。
京都府レッドデータブックにも登録されてる、京都のヨシ原
ヨシはイネ科ダンチク類の植物で、主に河川敷や湖のほとりに自生しています。夏に勢いよく3~4m程成長した後、冬には枯れ、この枯れたヨシが、かつてはすだれや萱葺(かやぶき)屋根に使われていました。
ヨシ原には、ツバメをはじめとした野鳥の他、ノウルシ、ヒメナミキ、コバノカモメヅル等多くの
希少植物が生息しています。島国日本には多くの水辺があり、かつては各地でヨシ原が見られましたが、近年の宅地化等により現在は国内におよそ70か所しか残っていません。
京都のヨシ原は京都府のレッドデータブックにも登録されている他、琵琶湖内湖・西の湖のヨシ原は、ラムサール条約登録湿地帯となっています。
ヨシは、土中や水中の窒素やリンを吸い上げて成長するため、水質を浄化する作用が
あります。また、地下深くに根を張り巡らせるため、河川敷を侵食から保護する機能も
担っています。
夏のヨシ原 夕暮れの京都のヨシ原上空に舞う、
ねぐら入り前のツバメ達(8月)
6月のヨシ原付近を歩いていると、野鳥のオオヨシキリのさかんな大合唱が、ヨシ原の中から聞こえてきます。オオヨシキリはヨシ原の中に巣を作り、縄張りを主張するために盛んに鳴いています。
8月には、毎日夕方になると、ツバメ達が無数にヨシ原上空に集まり旋回しています。その後、完全に日が暮れる前には、勢いよく次々とヨシ原に飛び込みます。
ヨシ原は、ツバメ達が夜を安全に過ごすことのできるねぐらになってます。特に京都のヨシ原は関西有数のツバメのねぐらで、夏の京都のヨシ原は、いきもの達の「懐」になっていることを実感する季節でもあります。
毎年冬になると、枯れたヨシを刈り取る「ヨシ刈り」が行われます。
ヨシは、刈り取りによる手入れを行わないと立ち枯れをし、藪化(やぶか)が進みヨシ原が失われてしまいます。藪化した場所には、ツバメ達はねぐらを作ることはできません。
ヨシを刈り取ることで、ツバメのねぐらが守られます。
このヨシ刈りの際のヨシを廃棄せず有効活用したのが、ヨシ箸やヨシ糸製品です。
京都のヨシ刈り(2月)
雅楽の楽器のひとつ、篳篥(ひちりき)のリード部分には、ヨシが使われています。
特に、大阪鵜殿(うどの)のヨシは篳篥のリード用に最も適したヨシとされ、宮内庁にも献上されてきました。
篳篥に適したヨシを守るためにも、毎年ヨシを刈り取る手入れが必要です。
ヨシ糸ハンカチ・ふきんのヨシは、この鵜殿ヨシを活用して産まれました。ヨシ糸製品を使うことは、日本の伝統文化・雅楽を守ることにも繋がっています。
ヨシは、京都市登録無形民俗文化財の炬火(きょか)祭のたいまつにも使用されています。
毎年、京都のヨシ原で刈り取った
ヨシで作られる大たいまつは、三栖(みす)神社の氏子達によって担がれ夜空を焦がします。ヨシは、京都の文化・伝統とも深く結びついた植物です。
京都市・三栖神社の炬火祭(10月)
ヨシの伝統的な使用方法が、日本古来からの屋根の材料としての活用です。
古くなった萱葺(かやぶき)屋根はメンテナンスして葺き替えますが、この時出る古い萱は畑の肥料にすることができます。
自然に還る萱葺屋根は、先人の知恵であると共に、自然からの恵みを上手に活用した「人と自然が共存した姿」のひとつとも言えます。
かつては萱葺屋根に活用されていたヨシも、生活様式の変化により、その需要は激減しています。
しかし、ヨシ原は人が刈り取るという積極的な手入れがあって保たれてきました。
ヨシの従来の活用法が激減している今、現代の生活様式にも即したヨシ製品のプロデュースによって刈り取りの需要を促し、それによってヨシ原の保全を図るという仕組みを創ることが、rikuno wa(陸の環)社のコンセプトです。
「ツバメのねぐらを守る」ヨシ箸